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勝谷誠彦コラム
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2006年12月26日
最終回。きたるべき未来。
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 長くご愛読していただいたこのコラムですが、今日を最終回に、06年末をもって終了することにしました。


 このコラムだけではなく、私個人で6年半に渡って一日も休まずに続けてきた『勝谷誠彦の××な日々。』http://www.diary.ne.jp/user/31174/も、12月31日をもって公開での更新を終えます。


 もっともこの日記は死ぬまで書き続ける覚悟ですので、毎朝の執筆は続けます。読み続けたい方には、有料で私信としてメール配信することにしました。


詳細はこちらをご覧ください。

 http://katsuyamasahiko.jp/


 『アサヒ芸能』で続けていたニュースコラムも終了しましたので、活字でのニュースの発信は『SPA!』の『ニュースバカ一代』だけということになるわけです。




 こうしたことは昨日今日思いついたわけではなく、ここ2年ほどずっと考え続けていました。この世界と情報との関わりや、日本国の行く末などを俯瞰した結果、志を持つ観察者としてはまず自分が一歩を踏み出そうと思ったわけです。


 これは哲学ですので、簡単に書くわけにはいきません。それこそ、私が私信でこれから発信していく方々相手に、長く語っていくことになるでしょう。いや、語るというよりも、一緒に考えていく、かな。




 そう、新しく始まる年を含めて、私たちにはどんな未来が待っているのでしょう。




 私は来年のキーワードは「崩壊」だと思っています。


 地方自治体の崩壊。ひょっとすると安倍政権の崩壊。ヒフティヒフティでありそうな、北朝鮮の崩壊。


 これまで対岸の火事だと思っていた崩壊の津波はあなたの足元にも及ぶことでしょう。磐石だと思っていたものが、次々と崩れていくでしょう。




 崩壊が呼ぶのは混沌です。かつて日本も世界も、歴史が進んでいく方向はひとつだと思われていました。改革開放であり、平和な世界であり、万民の平等であり、自由で豊かな世の中です。


 しかし、その価値観そのものが揺らぎはじめている。そうした旗印を掲げて進むならあらゆる手段は許されるということもなくなっているのは、イラクの崩壊とその後のまさに混沌を見ればわかると思います。




 年末に象徴的なことがありました。鳥取の片山知事が、今期限りで引退を表明したのです。


 片山さんは私も存じあげていますが、彼が引退表明に際して言った言葉は象徴的でした。


 「正しいと思うことを一生懸命やっても評価されない。支持されなければ、知事の激務を続ける使命感は薄くなる」




 ここ10年ほど旗印であった「改革」をこんな末路にしてしまったのは誰でしょう。他ならぬ日本人そのものではないか。


 今年、長野県が選んだ道筋もまさにそうでした。田中康夫さんを落としたことを、県民の多くは今さらになって悔やんでいると聞く。新しい知事の村井さんは、あらゆる点で「逆コース」を行こうとしている。


 しかし、その「逆コース」は利権談合共産主義者の目から見ても、明らかに不合理なものだとは、村井さん自身が知っているのです。片山さんの次期不出馬を報じた同じ日の朝日新聞で、村井知事は同紙の星浩解説委員に対してこう語っている。


 「公共事業の入札改善など田中氏の改革の大半は評価できる。しかし、あまりにもパフォーマンスが過ぎた。改革は宣伝の材料にするものではない。静かに地道に取り組んでいくものではないか」


 それはすでにつけられた改革の道筋に「横入り」した者だから言えることです(笑)。メディアに注視させるパフォーマンスなくして、脱ダムや脱記者クラブや脱談合が出来たわけないでしょう。


 片山知事が言う「支持」を得るために、田中さんはピエロも演じたわけです。それでも、最後に県民は背をむけた。


 「正しいと思うことを一生懸命やっても評価されない」


 この言葉ほど今の日本人を表現しつくしたものはない。この言葉を、日本人は真剣に聞くべきです。


 私はこうした日本人を評して「愚民」といい、世の指弾を浴びてきた。無責任な三文コラムニストだから言えるんですよ。知事などの責任ある立場の人は、心の中でどんなに思っていても、口にはできないでしょう。


 おのれの目の前の欲望だけにすがりつき、軽薄な情報に流され、嫉妬と足の引っ張りあいに狂奔する人々。まあ、なんとかその日食えているから、そうしたこともできるのです。しかし、その「なんとか食える」地位の崩壊もまた、目の前に迫っているのです。




 来年は、いわゆの「普通の人々」の地位が暴落しはじめる年になるでしょう。「中流」だと信じているその足元が崩れ、あっというまに「下流」の波に呑み込まれていくのです。


 明治維新を持ち出すまでもなく、この国の劇的な変化はいつも海外からやってきました。黒船の来襲が歴史を動かしてきたのです。戦後、顕著に見えるそれは、3回あり、その都度あるクラスの人々が、没落していきました。




 最初はGHQによる農地改革です。これで、日本の資本主義の勃興期を支えてきた、寄生地主階級が没落しました。まるで、共産主義の革命です。お上によって与えられた土地をもった小作人たちは、田畑を耕さずに、票田を耕すことに狂奔する。


 その結果、農業に政治が持ち込まれ、世界市場とかけ離れた価格が維持されました。


 ここに、二つ目の黒船がやってくる。


 ウルグアイラウンドによる、農作物市場の海外への開放です。


 松岡利勝現農水大臣などのご活躍によって(嘲)ウルグアイラウンド資金として何兆円ものつかみ金がばらまかれたが、結果として日本の農業は没落した。


 農家を継ぐ若い人々がいないという事実が、なによりも象徴的です。戦後一瞬だけ輝いた、農家というクラスの地位は、明らかに没落したのです。




 3回目の黒船は、地方を襲いました。


 地方経済の疲弊などと言いますが、これが実は黒船来襲によるものだと、なぜ政治家や経済学者が言わないのか私にはわからない。たかが3文コラムニストが解説してみましょうか。


 地方を歩くとわかるのは、「小さな工場」がなくなった事です。かつて、田んぼの真ん中には前記のような理由で、農業だけではやっていけなくなった人々が数人規模で働く縫製工場などがあった。


 地方の経済を支えていたのは、実はこうした製造業だった。ところが、それが壊滅してしまったのです。中国や東南アジアでの製造業の勃興という黒船によって。


 冷戦の終結で、東側の安価な労働力が流入することによって、国際的な労働力価格の猛烈なデフレが起きた。そのため、日本の地方にあった製造業は続々と海外の労働力に支えられることになったのです。


 何も、工場が中国へ行く必要はない。技術指導をしてあちらの工場で作らせて輸入すればいいわけです。


 外国人労働者の導入にはきわめて慎重な日本ですが、人を入れるのではなく、モノに国境を超えさせればいい理屈ですね。


 かつて私は加藤紘一さんと、彼の地元の鶴岡の、焼かれた家の近くで酒を汲んだことがあります。その時彼は「選挙区にあった、小さな工場はことごとく仕事を中国に奪われて潰れた」としみじみと言っていました。


 そんな彼が、中国の走狗となっているのは不思議千万ですが。おっと、余談でした。わははははは。




 そして、来年あたりから、戦後4回目の黒船がやっているのです。この黒船は、今の地位がずっと続くものと思われている、あなた、やあなた、を呑み込んで、一億総中流と言われていた人々の過半を、下流へとたたき落とす可能性か秘めています。




 それは、ホワイトカラーを襲う、オフショアリングの波です。


 さきほど、第三の黒船が巻き起こした、製造業での労働力の海外転嫁を紹介しました。それが、今度は、ホワイトカラーが担当している事務職でも起きるのです。




 ただでさえ、日本の会社のホワイトカラーは効率が悪いと言われている。あなたの会社を見回してごらんなさい。机の前にいて仕事をしているフリだけの連中がどれだけいることか。もっとも象徴的なのが公務員なのは言うまでもありません。


 辛い現場は「下流」から拾ってきた派遣の人々に任せながら、そうしたダメなホワイトカラーたちは安穏としてきました。


 しかし、製造業を襲った労働力コストのデフレの波は、今やホワイトカラーの仕事に押し寄せつつある。


 たとえばアメリカでは、SEやオペレーター、秘書などの仕事はここ数年で2、3割も減っている。コールセンターやソフト作成などの仕事を、インドなどに「オフショアリング」した結果です。


 国内で出来の悪いホワイトカラーを使うよりも、多くは学士の資格を持つ、インドの労働力を使った方が効率的なのです。


 コンピュータと通信手段の発達が、ホワイトカラー労働の国境をなくしてしまったというわけです。日本がこれまでこの波に巻きこまれなかったのは言葉の壁があるからでした。


 しかし、このことは安心材料ではない。むしろオフショアリングができないことで、日本企業は国際競争力を失うことになる。


 そのために、企業は翻訳ソフトなどを懸命に開発しています。コスト削減には血眼になるのが日本企業の特徴です。日ならずして言葉の壁は取り払われ、ホワイトカラーの労働価格は国際基準になるでしょう。




 あなたの賃金は、ムンバイのオフィスでキーボードの前に座っているインド人と同じになるんです。いや、それならまだいい。あちらの方が優秀であれば、職を失うでしょう。




 ごく一握りの人たちだけが、そこから脱出して今の生活か、もしくはよりよい階層に入っていくことができる。


 そのためには「人にできない何か」を持っていなくてはならない。


 名前で仕事ができる「バイネーム」の精神を持っていなければならない。


 それは、資格や会社の名前というものでは決してありません。




 私が、サイトでの匿名性の高い情報発信から転換したことと、こうしたことぎ関連性についても考えてみてください。


では、
http://katsuyamasahiko.jp/
をゲートウェイとして、これからも会い続けられることを願いつつ。
よいお年と、よい人生を。




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