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人間は全てを「水に流す」ことでしか幸福になることはできない、人生の真実でございます。
3月10日の東京大空襲で10万人、広島長崎の原爆で25万人、沖縄戦で17万人の非戦闘員であった人々の命を奪った、まさに人類への超A級戦犯である米国と、「全てを水に流す」和解によって今日の私達の繁栄と平和がもたらされた現実は、その証左でございましょう。
「いちいち昔のコトを持ち出してアレコレと文句を言ったら生きていけない」が亡母の口グセでした。他の女に走って家を出た父への意地で1日20時間働いて家族を養って生きた母が背骨に持つ「精神のことだま」でございました。
過去を振り返らず人をうらまず、挫折ばかりの私の人生「ウツ」にならずに前のめりで生きてこれたのは亡母のこの教えがあったからこそでございます。
キリストの信徒でもない私でございますが「復讐するは我にあり、裁きは私がする」の教えには、幾度となく自暴自棄となりかけた、やぶれた心が助けられたものでございます。
人生の座右の銘を上げるとすれば、「全てを水に流す」となりましょうか。
しかし決して水に流してはならないのが「官の腐敗」であり、「官の無責任」であります。
官はこの度の偽造耐震問題においても「真犯人」であるクセに「刑事」あるいは「被害者」を装っているのでございます。我が日本に官なる存在が誕生した桃山時代から1000余年、このウジムシどもの性根は国宝級に変わらず、なのでございます。
何度でも申し上げる。マンション被害者の皆様は決して水に流すことなく刑事民事両方で官を告発すべきであります。1000年余変わらぬ官の「寄生虫」に法の裁きをという殺虫剤の過激な噴射を浴びせていただきたいのでございます。
この機を逃しては「住の安全」への官の無責任な体質を是正することは永久に出来ないのでございます。
「住」の安全とはいかなるものか、住の安全に関係する業務の官に法隆寺の拝観を義務づけるべきでございます。鉄やコンクリートの強さなどチャンチャラ可笑しく、700年の樹齢の木を倒して100年寝せて建立し700年余、合わせて1500年の時空を超えてそびえ、そこにある神々しき木造の法隆寺を眼前に、決して水に流すことを許さなかった「建てる仕事」を業とした先達の自尊と輝きを心に刻印することを第一歩とすべきであります。
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