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村西とおるコラム
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2007年1月24日
見える筈の無いモノ
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 テレビに出演して「霊が見える」とホザいてはばかることのない若僧がいます。この若僧、丹波哲郎の葬式にも参列して「棺の上に丹波さんが座って、ニッコリ笑っていらっしゃいました」と宣っておりました。この若僧のような「見える筈の無いモノが見える」と平気で言うような異常者は、強制的に精神科医のもとに連行し診察を受けさせる、のが社会の常識というものでございます。


 「見える筈の無いモノが見える」状態とは「心が病んでいる」状況でございます。「心が病んでいる」人間をそのままに放置しておくことによって、いかなる事件や悲劇が引き起こされるかは、先ごろのお菓子を製造販売している施設の青年が起こした「幼児歩道橋投げ捨て事件」等によって私達のよく認識するところの筈でございます。がにもかかわらず「見える筈の無いモノが見える」心が病気の若僧のみならず、前世は天草四郎と称するき黄髪のジイさまや「地獄に堕ちるわよ」が売りの暴言テロリストのバアさま占い師といった「異常な人間」をエサにテレビは商売をしてございます。


 納豆ダイエットのインチキをしでかした制作からすれば「霊が見える」「前世は天草四郎」「地獄に堕ちるわよ」が許されているのだからコレぐらいは可愛いモノ、との思いではなかったでしょうか。他人様の信じてる事にナンクセをつける、は悪趣味というより傲慢であります。道端の汚れた道祖神であっても、それに向かって手を合わせて必死に祈る人には、その人にしか窺がい知れない事情があるのだということを理解しております。祈ること、ひたすら信じることでしか生きれない、のが人間であるということも納得してございます。


 ジョン・レノンは「イマジン」で「国や宗教がこの世界になかったら平和になれる」と語っておりますが「神に祈る」行為によって人は人たりえてるのだ、ということも知っております。しかし神ならぬ人間を祈ってはならないのでございます。何故なら神仏は裏切ることはありませんが、人間は時として裏切ることがあるから、でございます。


 ミミズ千匹が百匹だった、は許容の範囲でございますが、人間の生き死にまで諮って信じていた人物の正体が露見したことによっておきる喪失感と絶望は、人を破滅的行動に走らせる、はオウムに学ぶところなのでございます。


 「見えぬ筈のモノが見える」若僧の映像をタレ流しながら納豆ダイエットを断罪するとは、なんたる笑止、でございます。





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