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祖チン、の男の人生は辛いものがあります。祖チンの逆境と比べれば、容姿の見劣りや貧乏などは余程マシであります。容姿には好き嫌いがあり、貧困はそれをバネに成り上がる、というエネルギーの涵養があるからでございます。が祖チンには全くどこにも逃げ道がないのでございます。
祖チンとは、たとえばようやく頂上に登りつめるという最後のところで、必ずガス欠を起こして停まってしまう車のようなものでございます。決して坂を登り上がることの出来ない宿命を背負った祖チンには、救いようのない歪んだ人格が宿るのでございます。
森進一、彼が祖チンである、との噂の発信源は私の知るところでは元妻の大原麗子でございます。かつて彼女と深い関係にあった俳優が、彼女から直接聞いたこととして私に教えてくれました。ついでに彼は大原麗子の方もまた「粗マン」である、との告白をしておりました。真実は解りません。芸能界にありがちの「真っ赤な嘘」であったかも知れません。
しかし大原麗子があれほどの美貌の持主でありながら、森や渡瀬との離婚を重ねた過去を見れば、あながち全てが真っ赤な嘘とはならないような気がしてございます。森進一、に関してはこのところ話題となっております恩師との騒動を見るにつけ、なるほど祖チンとはかくも自滅的行動に走る人格を形成するに至るのか、と驚かされております。大恩ある師に叱られて「結構です、もう歌いません」と「おふくろさん」のあの歌を切り捨てるとは、凶器の沙汰でございます。人間いかに頭にこようとも「それを言っちゃあ、オシマイよ」があるのでございます。それを言ったら恩知らず、人間じゃなくなる、のでございます。
しかし彼はそうではありませんでした。昨年の森昌子との離婚劇の後でも「その原因は森昌子の裏切りにある」と平気でテレビで語った男でございます。かりにもかつて自分との間に3人の男の子を産んでくれた、現在も別れたとはいえ最愛の息子の母である女性を「裏切り者」と断罪するはいかがなものでありましょうか。「切れない仲」と信じていた五代夏子に事務所を辞めて杉良の元へと走られ、森昌子に引導を渡される。森進一がボランティア活動をしなければならなかったのは、自分自身に対してだったのであります。
森進一の歌が流れています。モロッコに行って偽装を施す機会を得ぬまま祖チン地獄に堕ちた男の「怨歌」の哀しい歌声が・・・。
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