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かねてより納得のいかないこと、がございました。家内が何故私と結婚したのか、でございます。二年前の春、母親が死んだ通夜の席で、思い切って「どうして私と結婚したのか」と家内に問うてみました。母親が死んだ通夜の晩であれば、いかな家内でも残酷なことを言うことはないであろう、と臆病な私は考えたのでございます。
「そうねえ、あなたと結婚した12年前の私が26歳のある朝のことだったわ。お化粧しようとして鏡に向かったの、そしたら右目の下のところに、今までなかった筈のシワが横に一本、走っていたの。ああもう私は女のキレイだとか美しいだとかを売りモノにする、女の人生を歩くことは出来なくなった、とその時覚悟したわ。そして決めたの、ここいらで人生を一度リセットして結婚をし子供を産んであたり前の人生を生きようと」もう舞台で何百回も言ってきたセリフのようにスラスラと家内は話したのでございます。あなたに惚れたからとか愛したからとの言葉は一切出てまいりませんでした。「正直」は家内の最も愛すべき徳性でございます。
このとき女性の人生とは「志ざし」でなく自らの美しさによって左右されるのだ、ということを学んだのでございます。飯島愛の引退の本当の真実は本人のみが知るところでございますが「自らの美しさ」が日々失われていく現実への喪失感からではなかったか、と考えるのでございます。
十分にまだまだ美しいは、他人様の評価でございます。女性は自らの美への絶対的評価を、それぞれがお持ちでございます。他人がなんと言おうと聞く耳を持たないのでございます。横一本の目の下のシワ、によってミス秋田、ミス・カネボウ、AVクイーンの栄光の座を投げうって主婦の道を選択した私の家内の生き方が、なによりの証拠でございまいす。
飯島愛の引退宣言を私はとても好ましく感じています。英雄は老いたりをみせず、という中国の言葉があります。由に中国共産党の幹部で白髪の者は皆無であります。美女は老いたりを見せず、もまた至言でありましょう。
いさぎよい、飯島愛の引退は三島由紀夫の割腹に匹敵するほどの痛快事でございます。飯島愛はこれで小津監督作品の主演女優原某女のごとき、伝説の人、となりました。これまで元AV女優とさげすまれてきた女性が見せたあざやかな引きぎわに、誰であれ決して失ってはならない人間の誇り、をみたのでございます。
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