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マラソンの北京オリンピック代表に、野口みずき選手が選ばれました。連覇を、と偉業を期待する声に「血を吐いてでもやりきります」と決意を披瀝してくれた野口選手でありました。ともすれば代表に選ばれながらも「楽しんでやりたい」などとフ抜けたコトを宣う輩が少なくないなかで、よくぞ「命を賭ける」と律儀なことを仰って下さいました。アッパレ、でございます。
敗れはしましたが最後まであきらめずに走り抜いた高橋選手は「敗者の美学」を見事にみせてくれました。「勝たなければ伝えられないことがある」と今後とも走ることを宣言した高橋選手であります。現在の心境を「なにも咲かない寒い日は、下へ下へと根をのばせ。やがて大きな花が咲く」と語りました。肝に銘じておきたい「珠玉」の言葉でございます。
敗れてもなお「敗者」とならず戦い続けようとする彼女の姿に、一人の伝説の「黒人女性アスリート」の姿が重なって見えました。アナ・キロットのことでございます。彼女は1987年から8年間、誰にも敗れなかった陸上800mの世界覇者でございます。どこまでその連戦連勝が続くだろうか、その圧倒的強さから彼女が引退するまでは、決して誰にも敗れることはないであろう、といわれていました。悲劇は突然やって来ました。自宅でくつろいでいるとき石油ストーブが爆発するという事故にあい、彼女は全身に大ヤケドを負ったのです。そして悲しいことに彼女は自分の幼い子供をその事故で失いました。もう誰もが二度と彼女の雄姿を見ることはないだろう、と確信しました。
それから8ヶ月後、世界陸上選手権大会のフィールドに、なんと彼女の姿がありました。露出している1/3にあの事故で負ったヤケドの跡が、見えていました。直視するのがはばかれるほどの痛々しい傷跡でありました。彼女は「美人アスリート」としても多くのファンを獲得していましたが、その美しかった顔の右側からノド元周辺にかけても、大きく焼けただれた跡が見えました。
スタートの合図とともにアナ・キロットは飛び出しました。そして往年の走りそのままに一着でゴールインしたのです。歓喜の声を上げる観客に囲まれながらインタビューに答えて、彼女は静かに語りました。
「人生で何かを手に入れようとすれば戦うしかありません」優れた女子アスリートの言葉は、自墜落な人生の日々を送る倦んだ心に「きつい一発」となってとどくのでございます。
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