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東大新入学式に参加した父兄の割合は、他の六大学に比べ「5割」増しのダントツの多さでございました。子供離れの出来ない親たち、のいかに多いことか。極端なマザコン、ファザコンの持主は過激なSMの性趣向を持つこととなります。人間は多かれ少なかれ、異性に対して自らの両親の残像を重ねて見るのでございます。男は母の、女は父親の「それ」を、でございます。男はいざ鎌倉の性行為となったとき、背後霊のような母親の呪縛からいかに解き放たれるか、がボッキの分かれ目となります。より猛々しくソソリきるために、相手の女性にだぶって見えている母親のイメージを、攻撃的暴力的行為で凌辱することで振り払おうとするのでございます。
幼年期に情熱的な母親の庇護のもとに育った男ほど「病的なほどのS男」となります。健全な「子離れ」「親離れ」は「ノーマルな性」を育む意味でとても重要なのでございます。ファザコンの女性は、男性とは逆にM女となる傾向が強く見られます。ものごとにおいて常に受身である、というその「社会的慣性」が「M的」傾向に走り込ませるのでございます。「いや、許して下さい、駄目です、堪忍して下さい。」と抵抗しつつ被虜の人となることでようやく父親の残像を断ち切り、クリトリスのボッキと小陰唇のわななきを見せるのでございます。
「立派なお父様」の寵愛を受け、行き届いた躾に育まれた「お嬢様」に「M女」が多く見うけられる「所似」はこのところにございます。全国紙のA紙の文化部の記者で東大卒の年のころ30才位の才媛がおりました。何度か取材でこられているうちに親しくなり、ラブホテルにご一緒、という案配となりました。色白で細身、切れ長の目がなんとも魅力的で、全部が好みにピッタリ、天から降ってきた全身「生殖器」のように思えた女性でした。チョットでも触れられたら爆発しかねないほどにたぎる息子を気づかれないように股間にハさんで冷静さを装い「先にお風呂に入ったら」と誘い水をかけましたら首を横に振り、私の目を見据えて「犯して乱暴に」と彼女は言い放ったのでございました。
「!?」たじろぐ私。「ねぇ、強姦して、出来るでしょ、あなたなら出来る筈よ」とたたみかけてる彼女。彼女が放った「あなたなら出来るでしょ」の言葉で、彼女が私に親しくしてきた魂胆と誤解を悟ったのでございます。
無論その夜、東大卒の才媛の期待に応えて「北関東一の強姦魔」ぶりを私めが発揮したことは、申すまでもないことでございます。
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