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日経新聞のWEBニュース (http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20070426AT1G2603426042007.html)から引用。
中央教育審議会の山崎正和会長は26日の日本記者クラブ主催の会見で、個人的な意見と断った上で「価値観が多様化する中、倫理的問題は学校になじまない。道徳を学校で教える必要はないと思う」と述べ、道徳教育は不要との考えを示した。歴史教育についても「我が国の歴史はこうだったと国家が決めるのは間違い」と強調した。
*山崎正和* wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%B4%8E%E6%AD%A3%E5%92%8C
この山崎某とやらは、学校で道徳と自国の歴史を教育せずに、いったい何を学ば
せろと言うのだろうか?『ゆとり教育』の名の下に、現状の日本の若者がどれだ
け無能化してしまったのか見えていないのだろうか?
何も軍隊式にしろというわけではないが、学校という公的な場所で、日本人とし
て最低限度の道徳観と歴史観を学ばせなければ、時間が経つにつれて日本はどん
どん劣化していくだろう。なにしろ国を支える柱である”人”が育たないのだか
ら、諸外国に太刀打ちできるはずもない。
愛国心というと即座に「右翼だ!」などと馬鹿げた台詞を吐く半島工作員やサヨ
クも多いが、愛国心とは「=正義感」であるとも言える。
歴史観や道徳観というのは、「何が正しいのか」もしくは「現状で何が正しいと
判断すべきか」という答えを導き出す際に大きな力になってくれる。
もう一つ大きな思考の柱として『宗教観』という存在もあるが、日本には残念な
ことにこれがない。ないというと正確ではないが、キリスト教圏の国々のよう
に、絶大な効力を発揮する宗教は日本には存在していない。
とすれば、次世代の国民を育てるためには、学校教育で道徳や歴史というものを
教え込む以外に方法はないだろう。
この『中央教育審議会の山崎正和会長』という人物は個人主義が大のお気に入り
らしいが、その個人主義を貫くには道徳観や歴史観という命綱が必要なのだ。
その命綱のない状態で、半ば暴論とも取れる自由主義・個人主義を振りかざして
いる連中がいるという現実を見て、私はますます歴史教育と道徳教育の重要性を
感じずにはいられないのである。
自国の歴史や自国ならではの道徳を教えられないようになったら、それは国家と
して、文明として終わりである。
この山崎氏はそれを理解して言っているのだろうか?
荒井禎雄(おはら汁)
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