|
日時、会場 平成19年10月27日(土)豊中男女共同参画推進センターステップにて
主催者 在日朝鮮人「慰安婦」宗神道のたたかい『オレの心は負けてない』
上映実行委員会
入場料 1000円
参加者 150名
内容 「慰安婦」宗神道が
(1) 事実関係を認めること
宋さんが中国で7年間「慰安婦」を強要されたことと、戦後50年近く、放置され
てきたこと(何もしなかった=不作為)。
(2) 違法行為だったことを認めること
宋さんに対してなされた(1)のことは、国際法(ILO29号条約,人道に対する罪
等)や国内法(民法,国賠法)に照らして違法だったということ。
(3) 日本国は謝罪と補償をすること
宋さんに対して国は、首相の名で謝罪文を交付し、補償をしなければならないこ
と。
を求めて裁判を起こし、戦ったことの記録映画
18時半すぎ、定刻を少し過ぎ上映会開演。ステップホール着席定員数150に対し、お
客だけで満席。スタッフは入りきらず、立ち見の状態。
まずは上映実行委員より、ソウルに建設される『日本軍「慰安婦」の名誉と人権のた
めの戦争と女性人権博物館』の建設資金カンパのお願いがあり、それから上映開始。
1人のお婆さんが画面に写った。俳優さんにしてはあまりにも品がなさそうで、どん
な話なんだろうと見ていると、このお婆さんが主人公であることに気づいた。
そのお婆さんの名は宗神道。彼女は朝鮮で産まれ、16歳の時、親が決めた婚約者と結
婚するのが嫌で逃げ出し、日本兵士に騙され中国に行き、そこで慰安婦にさせられた
と言う。その慰安所で数回妊娠し、何人かは産んだが自分で育てることは出来ず、人
に預け慰安婦を続けたのちの7年後、再び騙され子供を置いて敗戦後の日本に渡った
らしい。
なぜ彼女がこの映画の主人公か。それは十数年前、在日の慰安婦問題を調査していた
市民グループが、ある経路を通じて宗さんと出会い、彼女を全面的に支援するところ
から始まった。1993年、宗さんは支援グループに勧められ、国を相手に裁判を起こし
た。1審の判決で、慰安婦にさせられていた事実は認められるが、当時の国際法は個
人には適用されていないこと。そして現在はすでに時効が過ぎていることからの理由
で棄却。すぐさま控訴したが2審においても棄却。10年にも渡る裁判を経て、宗さん
と支援グループは、「敗訴したが、この慰安婦問題は解決されていない。これからも
戦い続けるぞ!」という思いから、この映画が製作されたということです。
判決は、宗さんの全面敗訴です。しかし、軍が慰安婦を強要したことを認めているの
で、私は、納得できません。慰安婦の強要が一切なかったとは思えませんが、いつの
世も例外や規則破りはいるものです。しかし、「慰安婦の強要があった」と言うほど
あったとは思えません。
さて、宗さんの話ですが、彼女の人生体験を本で読んだり、人から聞いたなら、同情
されることは間違いないと思います。情に流されやすい私も、その話が本当か嘘かは
別にし、「苦労したんだな、かわいそうだな」と思うでしょう。ところが、この映画
を見ていると、たとえ本当の話であったとしても同情することは出来ません。なぜな
ら、被害者と称しているお婆さん(宗さん)は、あまりにも被害者っぽくないからで
す。朝鮮語と日本語の方言が交ざった言語、乱暴な言葉使い、彼女の性格上このよう
な言葉使いになるのかもしれませんが、聞いていてとても不愉快に感じます。とても
心に傷を負った人には見えず、逆に不快感をもよおす物言いで、正直映画が始まって
すぐに会場を出たいとさえ思いました。
映画(というほどのものではない)が終了し、「在日の慰安婦裁判を支える会」の人
が挨拶をされ、そしてカンパがその場で回収され、上映会は終了した。
この上映会を鑑賞し、歴史背景等全く分かっていない、不勉強な若者の目から見て、
もう少し情を引くような、きれいな映像の編集が出来なかったものかと思います。こ
れが率直な感想です。私は基本的に、左でも右でもなく中立の立場です。小中高とバ
リバリの日教組教育を受けましたが、父親の活動や交友関係のおかげでプラスマイナ
スゼロってところでしょうか。宗さんを支援する人たちはどう思っているのか分かり
ませんが、私は同情心は起きませんでした。
あと2つ気がついたことがあります。
その1つは、カンパ集めの件です。この上映会はそれが目的なのでしょうが、まず上
映会が始まるや否やカンパのお願い。そして上映会が終わると、客が席についたまま
の状態で、端の席の人に角3型の封筒を渡し、そこの横一列順番にカンパ袋を回して
もらい、半強制的にカンパを集めていたことです。私はたまたま端の席でカンパ袋を
渡されましたが、すぐ隣の人に回しました。しかし、ほとんどの人がカンパを入れて
いたので、「入れなあかんやろな・・・」という雰囲気へともっていくこんなやり方
もあるのか、と感心しました。
もう1つは、入場時に配布されていた資料の多さです。約20枚。我々の集会でこれだ
け多くの資料はめったにお目にかかれません。
とにかく不愉快な2時間でした。以上
|