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2008年1月21日
北朝鮮問題を忘れてはならない。売国奴はつぶせ!

◆北朝鮮・拉致問題:経済制裁に反対、住民団体が街頭宣伝−−岡山
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3666
北朝鮮による日本人拉致問題の平和的解決を求めて、
「とめよう戦争への道!百万人署名運動・ 県連絡会」のメンバーらが17日夕、
岡山市駅前町の岡山会館前で街頭宣伝を行った。
メンバーらはマイクを手に、「経済制裁は拉致被害者の救出にはつながらない」
「一般市民をまきぞえにするな」などと訴えた。同会の野田隆三郎代表(67)は
「経済制裁で犠牲になるのは、権力者ではなく罪のない国民。
経済制裁を発動すれば、戦争につながりかねない」と話した。
「百万人署名運動」呼びかけ人
http://www2u.biglobe.ne.jp/~hyakuman/sandou.html
佐高信(評論家)  辛淑玉(人材育成コンサルタント)
知花昌一(沖縄・反戦地主) 辻元清美(衆議院議員)
中川ともこ(衆議院議員)  福島瑞穂(参議院議員)
保坂展人(衆議院議員)  本島等(前長崎市長)
 桑江テル子(基地・軍隊を許さない行動する女たちの会事務局長)
社民党が全面支援している 「 百万人署名運動事務局 」 の住所。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~hyakuman/
〒105-0004 東京都港区新橋2-8-16 石田ビル4階

日本赤軍支援団体 「 重信房子さんを支える会 」 の住所も同じ
〒105-0004 東京都港区新橋2-8-16 石田ビル4階 救援連絡センター気付 「 オリーブ の木 」 事務局

日本赤軍を支援する 「 帰国者の裁判を考える会 」 も同じ
〒105 東京都港区新橋2-8-16新橋石田ビル4階 救援連絡センター気付   



自衛隊海外派遣反対運動なのに「北朝鮮に核兵器を持つ権利を!」 http://syaraku.s12.dxbeat.com/military/src/1183957451173.jpg  


朝雲新聞より
107歳おばあちゃん 募集相談員
三重地本の依頼快諾 さあこれからだ
三重地本(地本長・桐井賢一1陸佐)にこのほど、“最高齢募集相談員”が誕生し た。昨年10月に委嘱された名張市の片山ミツヱさんで、年齢はなんと107歳。地 本独自の県内用自衛官募集ポスターにモデルとして出演したのが委嘱のきっかけで、 和服姿の笑顔と得意の毛筆で書き上げたキャッチコピーを組み合わせたポスターは 「親しみやすい」と新たな掲示先の開拓に貢献している。「災害のときは自衛隊さま さま」と話すミツヱさんを訪ね、長生きの秘けつや全国の自衛官に向けた新年メッ セージを聞いた。片山さん宅は津市から車で約1時間、奈良県境に近い名張市新田に ある。冬の日差しの下、車から記者、制服姿の地本長らが次々と降り立つと通行人が 目を丸くする。庭先でミツヱさんの孫・幸一さん(67)が笑顔で迎えた。隣の伊賀 市で鉄工所を経営する自衛隊伊賀協力会の会長で、地連部長(当時)、中方総監、防 衛庁長官(同)から計4回感謝状を受けている。家に入ると、ミツヱさんが着物姿、 正座で待っていた。背筋は伸び、4年前に白内障の手術をしてからメガネも使わな い。さすがに耳は遠くなり、“通訳”で長女の千代子さん(87)が脇に座る。ミツ ヱさん・u桙ヘ千代子さん、幸蔵さん(90)夫妻と3人暮らし。幸一さんは千代子さ んの長男だ。ミツヱさんにポスターのモデルを務めた感想を尋ねると、「この歳に なってまことに光栄に存じます。一生忘れることはできません」と頭を深く下げた。 ミツヱさんのポスター出演は、昨年、幸一さんが協力団体の会合でミツヱさんの年齢 を披露したのがきっかけ。話を聞いた桐井地本長が「ぜひ募集現場での話題作りに協 力していただきたい」と依頼した。
撮影は10月15日、地本募集課がミツヱさんの自宅で行った。狙いは“107歳の 笑顔”だが、緊張するミツヱさんから笑顔がなかなか出ない。カメラ担当の黒理緒3 海曹は「あきらめて帰ろうとしたら、後ろで広報班長が『あれ撮れ、あれ』と呼ぶの で振り返ると、縁側でおばあちゃんが笑っていたので夢中で撮った」。
このときの写真と、ミツヱさんが得意の毛筆で書いた「ええ仲間つくって、ええ仕事 せなあかん」「孫も曾孫もがんばりいやー」をキャッチコピーとして組み合わせた絵 柄でポスター2000枚が印刷された。 同24日、片山さん宅を名張市の亀井利克 市長と桐井地本長が訪れ、連名でミツヱさんに募集相談員の委嘱を行った。この際、 亀井市長は「片山さんは“平和な日本の母”のイメージにふさわしく、自衛隊の持つ 堅いイメージも一変する」と話した。県内には陸自久居、明野両駐屯地、空自笠取 山、白山両分屯基地があり自衛隊の認知度は高いが、募集環境は厳しい。だが市長の 言葉どおり、広報官が各所でミツヱさんの絵柄のポスター掲示を依頼すると「自衛隊 のポスターは場の雰囲気が堅くなるが、これはソフトなので張ってもいい」と了解し てもらえるなど“ミツヱさん効果”も。ミツヱさんは明治34(1901)年7月、 和歌山県南部町(現みなべ町)生まれ。大正8(1919)年、19歳で同郷の角次 郎さんと結婚。名張に移り、鍛冶屋を営む夫の助手として重さ4キロの槌で熱い鉄を 打つ毎日を送った。「この人もなかなかむつかしい。口答えでけへんから、この人 が・u桙ィ灸をすえるとき、もぐさの大きいのをすえてふうふう吹いてやりました」。
角次郎さんが昭和52年に86歳で亡くなったときの心境は、「これで自分の世に なった、ラッキー」だったと笑うが、約60年一緒に暮らして、夫婦げんかは一度も なかった。「親切、正直でなかなかええ主人やった。私の体が丈夫になり、長生きで きたのもこの人のおかげ。とにかく辛抱、みんな辛抱。自衛隊のお方もご辛抱なさっ て。上の人のことは」。ミツヱさんの1日は規則正しい。朝は5時起き。着替えをす ませ、夏なら6時ごろ自分で炊いたおかゆと故郷から取り寄せた梅干し、ジャコなど で朝食をとる。この後、温めた牛乳を飲みながら、新聞と「世の中でいちばん好き」 な日野原重明医学博士(96)=聖路加国際病院理事長=の著書を読む。11時半に 昼食。午後は書の練習やテレビを見て過ごす。畑仕事に出る千代子さんに代わって夕 食の準備もする。得意料理は「鶏と野菜のケチャップ煮」とハイカラで、オリーブ油 なども使う。5時ごろ夕食をとり、6時すぎには自分で布団を敷き、白湯を1杯飲ん で就寝する。「世の中ずいぶん変わって、テレビ見てると自分の頭くるくるってなっ てしまう・u桙ッど、仕方ありません。自分の体は自分で守る。規則正しい生活、美・ u梵Hはせずw)腹八分、あんまり欲なこと考えたらあきません」。こんなミツヱさんに 桐井地本長は「107歳の元気な姿で、第2、第3のポスターに出ていただき、多く の元気な若者が志願してくれれば」と大いに期待する。ミツヱさんに全国の自衛官に 向けた新年のメッセージを「書初め」でお願いしたところ、「仕事頑張る、仕事楽し く」と書き上げてくれた。「人間は仕事があってこそ生きられる。楽しいことやし、 自分も思いっきり頑張ってきました。自衛官の皆さまも、お体をお大事に頑張ってく ださい。災害のときは自衛隊さまさま、日本の国は自衛隊さまさま。1年は夢の間、 100年はじきですぞ」。
http://www.asagumo-news.com/news.html  




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